1960年代生まれの方に捧ぐ

西鉄路面電車

 

西鉄 路面電車

 

北九州市の西鉄の路面電車は、私にとって、街の構成要素でした。

 

北九州というと、新日鉄という鉄の街、洞海湾、山や急な斜面と百段階段、雑然とした車と人の混雑ぶり、そして何といっても路面電車という構成要素が強烈なイメージとして残ってます。

 

北九州市の西鉄電車の思い出や記憶を挙げておきます。

 

・張り巡らされた架線

 

路面電車が走る道路の上空は架線だらけでした。子供心にちょっと息が詰まるような感覚はありました。「凧とかが引っかかるんだろうな」などと思ったりも。数十年ぶりに北九州を訪れた時、空が広く感じたのは私だけでしょうか。

 

・切符は、電停近くのたばこ屋などで買っていた。

 

 切符には、あらかじめ主要な駅か経路のためか知らないが、駅名が印刷してあったはず。

 

・北九州では、枝光線、戸畑線、北九州線、北方線などがあった。

 

北九州市民の時、北方線は乗ったことがなかった。

 

・車も交わる道路の上を走る路面の軌道と専用軌道があった。

 

路面上を走る時、車と入り乱れてぶつからないか怖かった記憶があります。社会人になって何度か車で路面の上を走ったのですが、かなり緊張しました。

 

・人や動物の事故がよくあった。

 

 自分が乗っている電車がネコを轢いた瞬間を目撃している同級生を電車の中から眺めたことがある。

 

・電車でどこへでも行けた。

 

校区外へ出ても平気だったため、小学生にしては行動範囲が広かったと思います。当時、筑豊電鉄が、北九州線と乗り入れしていたはずです。

 

福岡市内線の方の思い出

 

・小さい頃に見た博多どんたくでの花電車が強烈な印象。

 

 造花や電気で飾った電車は昼も夜もきれいでした。

 

・福岡市内をうろうろするようになったのは高校生になってから。

 

・高校3年の時、確か吉塚線の廃線数日前に乗ったのが最後。


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