1960年代生まれの方に捧ぐ

 

ダディのバブリーライフ〜1980年代記事一覧

ダディのバブリーライフ〜時事年表(80年代)

1979年に「Japan as Number One」という有名な本が世に出ました。1980年代は、日本が有頂天になっていた時代でした。1980年代の主なイベントをピックアップします。・1980年、自動車生産台数世界第一位 自動車産業は日本の誇りです。トヨタ、日産、ホンダ、マツダ、スバル、三菱、スズ...

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ダディのバブリーライフ〜阪神タイガース初の日本一

元々、プロ野球に対しては、そんなに熱狂的ではなかったので、贔屓する球団はなかったです。大学が大阪だったので、大阪に住むようになってから、トラキチというほどではないですが、阪神タイガースファンになりました。それまでのタイガースの選手は、田淵、江夏、小林など有名な選手しか知りませんでした。タイガースにつ...

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ダディのバブリーライフ〜RUMOR HOUSE ask(ルーマーハウス・アスク)

「今は幸せかい」というヒット曲で有名な歌手の佐川満男さんが経営していたルーマーハウス・アスクという店が大阪キタ新地にあり、友人が働いていたこともあり、よく通いました。「佐川満男の店」と書かれていた白い建物の長い階段をワクワクしながら上って行ったものです。毎晩生バンドの演奏があり、DJもいて、リクエス...

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ダディのバブリーライフ〜MTV

80年代前半に始まったMTVは、大学の時代によく見てました。MTVというのは、見る洋楽として、ビジュアル嗜好が強い日本人は、大いに楽しんだのではないでしょうか。当時、まだビデオデッキを持っていなかったので、録画するという習慣も手段もなく、深夜やっていたソニー社提供の「SONY MUSIC TV」をリ...

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ダディのバブリーライフ〜ディスコ

ディスコといえば、体育館のような広いダンスフロア、大音量のダンスミュージック、ミラーボール、チークタイム、・・・そんなイメージが今でも纏わりつく。個人的には、ディスコでこそ飲んでたフィーズものドリンク(カカオ、ジン、ヴァイオレットなど)の記憶も蘇ります。私が語るディスコについては、主に80年代前半の...

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ダディのバブリーライフ〜越前屋俵太

越前屋俵太って、最近TVで見なくなったけど、何をしているのでしょう。同じくらいの年齢でとても面白い人間でした。まだ彼が大学在学中、キャンパス内で、ふざけている姿をよく見かけたという友人がいました。メガネとヒゲのイメージが強いです。テレビでは、探偵!ナイトスクープとかに出てましたよね。20年くらい前の...

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ダディのバブリーライフ〜上岡竜太郎

佐川光男さんの店「ルーマーハウス・アスク」最後の日、上岡竜太郎さんが司会をした時、初めて目の前で見ました。立て板に水の如く話すとは、このことかというくらい饒舌で面白い話の内容に吸い込まれました。その後、阪急梅田駅の外に出たところあたりで、上岡竜太郎さんを見かけ、一緒にいた知人が彼と知り合いだったため...

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ダディのバブリーライフ〜日航逆噴射事故

日航逆噴射事故というのは逆噴射という言葉で有名になった羽田空港沖に墜落した事故です。福岡発羽田着の日航機が、機長が機首を下げたり、逆噴射装置を作動させるなどして、羽田空港の滑走路前の海面に墜落した事故です。副操縦士が「キャプテンやめて下さい!!」と絶叫したことや、この逆噴射などがパロディ化されました...

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ダディのバブリーライフ〜FM OSAKA Pop Music Station

大阪の50代以上のみなさん、1983年から2〜3年ほど、FM大阪で月曜から金曜の18時からやってたPop Music Stationというラジオ番組知ってますか?1時間半くらいやってたはずです。FM OSAKAのPop Music Stationでは、DJのカトリーナ、パーソナリティの若宮テイ子、あ...

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ダディのバブリーライフ〜夜はクネクネ

1983年頃、毎日放送で夜はクネクネという番組やってましたね。「あのねのね」の原田伸郎と、毎日放送アナウンサーの角淳一が、大阪の街へ繰り出し、出合った人とトークを繰り広げる番組でした。探検帽かぶり、探検服を着たトミーズ雅がいましたね。実は、大阪曽根崎通商店街で友人と歩いているところを、数秒だけテレビ...

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ダディのバブリーライフ〜プロポーズ大作戦

「プロポーズ大作戦」は、関西ローカルの伝説番組ですね。やすきよコンビが取り仕切り、桂きん枝もいました。この番組は、やはり、後半の「フィーリングカップル5対5」が楽しかったです。大学生男子5人と別の大学生女子5人のチームに分かれて、集団でお見合いするものです。自分の大学の仲間が参加した時は、会場に行っ...

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ダディのバブリーライフ〜新人類

若者に対しては、世の常として、動向や好みなどから特徴をこじつけて、何か定義づけようとするものです。我々の世代は新人類と呼ばれますが、いつの時代でも、自分と数年違うだけで、「別世代」で、「新たな人種」で、「宇宙人」のように思えるものです。新人類というのは、1986年の流行語部門・金賞を受賞してます。こ...

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ダディのバブリーライフ〜モナリザの印字アート

1980年代後半、アルファベットで絵を表現するアートが、雑誌で特集されていました。作品の中に、モナリザがあったので、それを見ながら、記述されてる通りのアルファベットを1行ずつコンピュータのエディで入力していったのです。そして、2行1セットで出力するようなプログラムを組み、プリンタに出力してみたのです...

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ダディのバブリーライフ〜バブリーな時代

バブル経済華やかなりし1980年代後半から90年代初頭は、経済面を考えると、空前の楽しさを思い出させますが、健康面を考えると、過労死という恐怖と不安の毎日でした。モノが売れないからではなく、モノが売れ過ぎて忙しい。シェアを広げるため、他社を出し抜くため、買収するため、海外旅行に行くためなど、いろんな...

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ダディのバブリーライフ〜携帯電話

当サイト内記事でも記述しましたが、携帯電話を初めて見たのはハワイ。女性には重そうでこれは使えないなと思いました。業務用なんだなと思い、個人的には特にほしいとは思いませんでした。「バブルへGO!!」と言う映画で、バブル時代にタイムマシンで行った広末涼子が、その時代の阿部寛との会話時に話すセリフが面白か...

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ダディのバブリーライフ〜昭和天皇崩御

崩御数日前に、職場の人たちと京都祇園に集まって、初詣でをした時、天皇陛下のご容体について話題に上がったことをよく覚えています。崩御以降のニュースを時系列に並べてみます。◆1989年(昭和64年)1月7日昭和天皇崩御・TVは特番や追悼番組ばかり。民法はCMなしでした。・全国的に各種イベントは自粛ムード...

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ダディのバブリーライフ〜80年代の出来事

・1981年 神戸ポートアイランド博覧会開催       (ポートピア(PORTOPIA)81)・1981年 ローマ法王ヨハネパウロ2世が来日       (世界平和の活動、宗教の枠を超えて世界に大きな影響)・1981年 銀行員 伊藤素子が1億3千万詐欺というコンピュータ犯罪       (男に貢ぐ...

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ダディのバブリーライフ〜今夜なに色?

「今夜なに色?」という番組が、読売テレビかどうか忘れましたが、関西でやってました。1983年か1984年あたりだったと思います。オープニング曲が好きで、大貫妙子さんの「色彩都市」です。坂本龍一プロデュースだったはずです。私は、歌詞の深い意味は特に思い描こうとはしない方です。自分のできごとと曲をリンク...

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