1960年代生まれの方に捧ぐ

2002年日韓ワールドカップ

 

2002FIFA World Cup

 

戦後長らく野球少年ばかりだった日本では、サッカー少年は少なかったです。サッカーという球技をするそこそこの人口はいたのでしょうが、国際的には無名の弱小国でした。

 

ワールドカップなど縁がなく、ワールドカップに近かった時があったといっても、出場するのとしないとでは大きな違いがあるのです。

 

私はなぜか野球よりもサッカーが好きで、プロリーグ(Jリーグ)前の日本リーグ時代に試合を見に行ったことがあります。サッカーファンならご存知でしょうが、応援にまだラッパが使用されていた時代です。(昔のサッカーといえば、今でもあのラッパの音が耳に残ってます。)球技場にいるのは、実業団の社員や応援団と、中学や高校のサッカー少年など数百人か数千人しかいませんでした。

 

いくらメキシコで銅メダル取ったことがあるといっても、サッカー文化など根付いていない日本の不遇の時代を知っている者にとっては、ワールドカップは夢のまた夢でした。

 

おじいちゃんやおばあちゃん、子供でも女性でも監督の目を持って、フォーメーションがどうとか、交代がどうとか、もっとサイドを使えとか、中盤がどうとか、・・・そんなことを言える国民だらけになっているのが文化が根付いているということです。

 

その点、野球は日本の文化ですよね。根付いてますね。この違いです。本物になるのはまだまだと思います。

 

元日本代表の都並さんは、20年以上前にワールドカップについて、「夢じゃなくて憧れです」と言ってました。つまり、出場できそうな夢を持てる現実味がなかったのです。

 

さて、日韓ワールドカップ開催の話ですが、日本については、経済の一等国がそうさせたのでしょう。政治力があったとは思えません。

 

開催が決まった時、世界の強豪国の試合が日本で見られるという期待が大きかったです。自分が生きている間に、二度とワールドカップが日本で見られるとは思えなかったので、韓国での試合ではありましたが、見に行くことにしました。

 

観戦したのは、3位決定戦の韓国代表対トルコ代表戦でした。福岡から釜山までビートルに乗って、大邱までバスで行ってきました。

 

2002FIFA World Cup KoreaJapan

2002FIFA World Cup KoreaJapan

(66,000人が真っ赤のサポーター 「テーハンミングッ」の大合唱)

 

開始10秒くらいでトルコに決められたゴール直後、会場は唖然としてました。数少ないトルコサポーターが熱狂してました。

 

トルコの3点目が入った時は、韓国サポーター陣が、一瞬静まり返った記憶があります。

 

共催国の韓国と、親日国のトルコ、どっちも頑張っほしい思いでしたが、ワールドカップの試合を味わっている気分に浸っていたことだけは確かです。

 

 

 

大会通じて、日本で盛り上がったのは、イングランド代表の主将デヴィッド・ベッカム人気だった気がします。

 

私は、イングランドの国歌(イギリスの国歌でもある)のGod Save the Queenが好きで、試合開始前にサポーター全員で国歌斉唱するシーンはいつも感動的です。

 

イングランドの試合といえば、セント・ジョージ・クロスと呼ばれるイングランドの国旗と合わせて、God Save the Queenの国歌斉唱が好きなのです。今回は、主将としてやってきたデヴィット・ベッカムの活躍の楽しみも加わりました。

 

2002 England David Beckham

 

よりによってアルゼンチンと同じグループに入ったとことで、何かドラマが起きるかなと予想してましたが、ここでアルゼンチンVSイングランドの因縁の戦いについて、まとめておきます。

 

◆1982年のフォークランド紛争

 

 英国がアルゼンチンに勝利(サッチャー首相時代)

 

◆1986年FIFAワールドカップメキシコ大会準決勝 アルゼンチンVSイングランド戦

 

 ・フォークランド戦争を引きずる両国
 ・アルゼンチンサポーターの「アルヘンティーナ!」大合唱
 ・マラドーナの5人抜きと神の手ゴールででアルゼンチン勝利

 

◆1998FIFAワールドカップ・フランス大会決勝トーナメント1回戦 イングランド対アルゼンチン

 

 ・シメオネの悪質なファウルへの報復でデヴィッド・ベッカム退場
 ・PK戦の末イングランドは敗退
 ・「10人のライオンと1人の愚かな若者」の新聞記事

 

◆2002FIFAワールドカップ・日韓大会グループF アルゼンチンVSイングランド戦

 

 ・オーウェンが獲得したペナルティーキックをベッカムが決め、イングランドが1-0でアルゼンチンに36年ぶりに勝利
 ・試合後、ベッカムは因縁のシメオネと握手。「とても長くて苦しい4年間だったけど、これですべて終わったよ」

 

 

日韓ワールドカップの主催国である我が日本と韓国の印象ですが、成績に見合う実力はまだまだという印象でした。

 

イタリアVS韓国戦の韓国チームのラフプレーと怪しい審判は醜いものでした。イタリア代表は、2006年ドイツ大会での優勝で真の実力を示した通り、王国にふさわしい戦いぶりだったと思います。

 

日本代表の戦いも一喜一憂はしましたが、数人の役者がいたとはいえ、まだまだ全体のレベルは低いと思ったものです。ただし、常にフェアなプレーをすることには誇りを感じます。

 

サッカーのことを話し出すと、文化論、日本人論などを展開してしまい、きりがないのでこの辺で終わりにしておきます。

 

2002FIFA World Cup Tickets

(旅行会社による日程と入場チケット)

 

FIFA World Cup THE GRASS OF JUNE 30,2002 INTERNATIONAL STADUIM YOKOHAMA

(決勝戦会場の旧横浜国際総合競技場の芝)


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